延命治療の基礎知識:もしもの時に備え、ご自身の希望を考えるヒント
終末期医療について考えることは、多くの方にとって、漠然とした不安を伴うかもしれません。特に「延命治療」という言葉を聞くと、どこか難しく、自分事として捉えにくいと感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、もしもの時にご自身の希望が尊重されるためには、どのような治療があるのか、そしてご自身が何を望むのかを、今から少しずつ考えておくことが大切です。
この記事では、延命治療の基本的な知識や、ご自身の希望を整理するためのヒントについて、分かりやすく解説いたします。ご家族への負担を減らし、ご自身らしい最期を迎えるための第一歩として、お役立ていただければ幸いです。
延命治療とは何か
延命治療とは、病気や老衰などによって生命の危機が迫った際に、生命を維持するために行われる医療行為の総称です。病気を治すことよりも、呼吸や栄養摂取などの生命機能をサポートし、命を少しでも長く保つことを目的とします。
ただし、延命治療の範囲や効果は、患者さんの状態や疾患によって大きく異なります。また、必ずしも苦痛を伴わないわけではなく、治療によってはかえって苦痛が増す場合もあります。そのため、ご自身にとって「どのような状況で、どの治療を望むのか」を事前に考えておくことが重要になるのです。
代表的な延命治療の種類と、それぞれの考え方
延命治療にはいくつかの種類があり、それぞれ特徴が異なります。ここでは、よく話題に上がる治療についてご紹介し、その際に何を考えるべきかのヒントもご提供します。
1. 人工呼吸器
肺炎や心不全などで自力での呼吸が困難になった際に、機械の力で呼吸を助ける装置です。
- 考えるヒント:
- 一時的に呼吸を補助して病状が回復すれば、人工呼吸器を外すことができます。しかし、回復が見込めない場合、長期的に装着し続けることで、話すことが難しくなったり、身体が拘束されたりする場合があります。
- ご自身がどのような状態であれば人工呼吸器の使用を希望し、どのような状態であれば望まないのかを考えてみましょう。
2. 胃ろう・経鼻栄養(栄養・水分補給)
口から食事が摂れなくなった場合に、胃に直接チューブを通して栄養剤を注入する「胃ろう」や、鼻からチューブを通して栄養を補給する「経鼻栄養」があります。点滴による水分・栄養補給もこれに含まれます。
- 考えるヒント:
- 栄養補給は生命維持に欠かせませんが、胃ろうや経鼻栄養は、ご本人の意識状態や、嚥下機能の回復が見込めるかどうかによって、その意義が変わってきます。
- 栄養補給が、かえって身体に負担をかける場合もあります。ご自身が「食べたい」「味わいたい」という気持ちを大切にしたいのか、それとも栄養補給によって少しでも長く生きたいのかを考えてみましょう。
3. 心肺蘇生(CPR)
心臓が止まったり、呼吸が停止したりした場合に、胸骨圧迫(心臓マッサージ)や人工呼吸などを行うことで、心臓と呼吸の機能を回復させる試みです。
- 考えるヒント:
- 急変時に命を救うための重要な処置ですが、高齢の方や病状が重い方の場合は、成功率が低く、たとえ蘇生に成功しても、脳にダメージが残るなどの後遺症が生じる可能性があります。
- ご自身が、もしもの時に心肺蘇生を望むのか、望まないのかを明確にしておくことは、ご家族や医療者にとって大きな指針となります。
ご自身の希望を整理する第一歩
延命治療について具体的な種類を知ると、さらに「では、自分はどうしたいのか」という問いが生まれるかもしれません。何から考えれば良いか分からない場合は、以下の質問をご自身の心に問いかけてみてください。
- ご自身にとって、人生で最も大切にしたいことは何でしょうか。
- 例えば、「痛みや苦しみがないこと」「意識がはっきりしていること」「家族との穏やかな時間」など、様々な価値観があります。
- もしもの時、どのような場所で過ごしたいですか。
- 住み慣れた自宅、病院、施設など、ご自身の希望を考えてみましょう。
- 意識がはっきりしない状況が続いた場合、どのような医療を望みますか。
- ご自身にとって「生きていく」とはどのような状態を指すのか、改めて考えてみる機会になります。
これらの問いに対する「完璧な答え」を今すぐ見つける必要はありません。考えが変わることもあるでしょう。大切なのは、ご自身の心と向き合い、今の時点で「こうありたい」と思う気持ちを整理してみることです。
大切な人との話し合いの進め方
ご自身の希望が整理できたら、次に大切なのは、それを信頼できるご家族や親しい人に伝えることです。ご家族に「もしもの時」の判断をすべて任せてしまうと、ご家族は「これで良かったのだろうか」と大きな精神的負担を抱えてしまうことがあります。
- 話し合いのきっかけ:
- ご自身の健康状態や、身近な人の終末期医療の話題が出た時、テレビや本で関連するテーマを見た時などが、話し合いを始める良いきっかけとなるでしょう。
- 「人生会議(ACP)」の活用:
- 厚生労働省が提唱する「人生会議(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)」は、もしもの時に備えて、ご自身の医療やケアに関する希望を、家族や医療者と繰り返し話し合う取り組みです。具体的なツールや資料も提供されていますので、ぜひ参考にしてみてください。
- 伝える際のポイント:
- 「私はこうしたい」と一方的に伝えるのではなく、「私はこのように考えているのだけれど、あなたはどう思う?」といったように、相談する姿勢で臨むと良いでしょう。
- 一度で全てを話し終える必要はありません。ゆっくりと時間をかけて、お互いの気持ちを共有することが大切です。
専門家への相談という選択肢
ご自身やご家族だけで考えるのが難しいと感じた場合は、専門家のサポートを求めることもできます。
- かかりつけ医や病院の医療相談室:
- ご自身の病状や、どのような治療選択肢があるのかについて、医師や看護師に具体的に相談することができます。医療相談室では、医療ソーシャルワーカーが、心理的な側面や社会福祉制度なども含めてサポートしてくれます。
- 地域包括支援センター:
- 地域の高齢者の暮らしを支える総合的な相談窓口です。介護や医療、福祉に関する様々な相談に応じてくれます。
専門家は、医学的な知識だけでなく、多くの患者さんやご家族の事例を通じて得た経験に基づいて、客観的な情報やアドバイスを提供してくれます。
おわりに
終末期医療や延命治療について考えることは、ご自身の人生の終焉について深く向き合う、かけがえのない時間です。
「もしもの時にどうしたいか」というご自身の希望を整理し、大切な人に伝えておくことは、ご自身の尊厳を守るだけでなく、ご家族の負担を軽減し、より良い形で最期を迎えられることにつながります。今日ご紹介したヒントを参考に、ご自身のペースで、一つずつ考えてみてはいかがでしょうか。ご自身らしい選択をされることが、何よりも大切です。